法人のあゆみ
法人のあゆみ
私たちは理念に「医療・保健・福祉を通じての地域社会への貢献」を使命として掲げています。
昭和47(1972)年、加戸外科病院を大洲市若宮で開業しました。バラは大洲では育たないと言われましたが、「できることから少しずつ」という小さなチャレンジにより、当時は珍しい種類だったバラも根付いていきました。そして、地域の方々も春と秋に咲くバラを楽しみにされるようになりました。
その後、医療法人弘友会を設立し、加戸病院となりました。関連法人の社会福祉法人友愛会(特別養護老人ホーム希望ヶ丘荘)、当法人の老人保健施設フレンド、大洲市在宅介護ステーション/居宅介護支援事業所フレンド、訪問看護ステーションフレンドの開設や加戸病院の増改築をいたしました。民間の小規模な病院でありながら、南予で初めて無菌手術室もつくりました。
老人保健施設フレンドの浴室に続く庭には、弘友会のシンボルマークになっている「ブーゲンビリア」を植えています。ブーゲンビリアはブラジル原産の熱帯性植物で、その花言葉は「情熱」です。
今では多くの病院が積極的に准看護師が正看護師になるための支援をしていますが、近隣病院が行っていない時代から支援し、スクーリングなどで長期間勤務できなくても、また急な子どもの発熱などがあっても、職員同士、お互い様の精神で融通をきかせる風土が早くからできています。
平成13(2001)年には「『患者の権利』に関する宣言」を掲げました。これは患者さんを尊重し、患者さんと当院の信頼関係を深め、よりよい治療を行うことを目標とするためです。昭和56(1981)年に世界医師会で採択され、平成7(1995)年に修正された「患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言」を参考として当院で作成したものです。患者さんが医師や病院を選択する自由等を尊重しています。
内子町の病院が廃止となるということで、平成20年12月に内子町議会、内子町自治会連絡会より内子町への移転開設要望書および14,354名の署名を当院が受け、平成23(2011)年11月11日内子町に移転開設しました。内子町とは何度も協議を重ねた他、加戸病院の内子町在住のモニターの方等からも内子町住民の強い想いを聴いており、必要とされていることは十分理解していましたが、移転は古くからの八幡浜方面の患者さんや関連の事業所と離れる不利益もあり、私どもにとって大きなチャレンジでした。しかし、創業者の「目先の利益より、世のため人のためになることをしたい」というモット―と、内子町よりの支援のもと実現しました。内子町への移転開設に合わせ、訪問リハビリテーション、かと保育園を立ち上げました。医師および多くの職員も続けて勤務してくれたことは心強く、一致団結できました。そして、旧病院のバラの一部も内子町に引っ越し、新たに植えたバラ等とともに毎年花をつけています。当病院のある、内子町廿日市の方々は常に内子駅周辺の花々を美しく手入れされ、頭が下がります。共同体を守りたいという意思の強さと連帯感を強く感じます。地域の方との合同災害訓練も熱心に参加していただいています。
内子町移転後10年以内に特定医療法人、または社会医療法人となることを目指すという、内子町との約束を果たし、平成30(2018)年3月に特定医療法人に承認されました。しかし、職員不足により令和2(2020)年4月からは夜間の救急は辞退することとなり、令和3(2021)年9月からは療養病棟を休止し、ご不便をおかけしています。
令和4(2022)年7月1日に老人保健施設フレンド訪問リハビリテーションを開設いたしました。これまでは、フレンド退所後に在宅でのリハビリを希望される方には、加戸病院の訪問リハビリテーションよりご自宅に伺い、リハビリを行っていました。今後はフレンドでも施設・家庭との連携を強化し、入所から在宅まで継続したリハビリが行えるよう精進してまいります。
令和4(2022)年9月1日からは病院内に訪問看護ステーションフレンドサテライトを開設し、地域包括ケア病床を立ち上げました。また、令和4(2022)年9月2日には創立50周年を迎えました。厳しい時代ですが、地域に貢献すべく歩んでいきたいと存じます。